「アキ・・・・ウエハラには、俺が見舞いに来た事、くれぐれも言わないでくれ。
・ ・・・・あいつ、俺の事をまだ」



らしくもなく、クロヤナギはため息をつく。
『・・・・時間は、溝を埋める特効薬とは限らないのか』



「・・・ウエハラ」
「なんの用だ シンコ」







・・・この男の瞳はいつも闇だ






虚ろなわけではない
むしろ、そこらの人間よりも眼力があると言っていい







・ ・・なのに、
焼け燻ぶった炭をわざと無理矢理に塗り込めたような、この光のなさは何だ。











 意を決して、スミオの要望を破る。




「貴様が入院していたときに、貴様の知り合いも見舞いに来てくれていたぞ」


「知り合いなどいない」




予想していた応えだったが、現実にそう返されると心が暗く痛む。






「・・・・・・」

「・・・・。」




「・・・心当たりは、ないか」

「・・・さあな、俺は忘れている。
もとより、覚える価値もない。
コダイスミオの名など。」




見透かされたか




クロヤナギは表情をかすかに曇らせ、目を伏せる。





「・・・なあウエハラ」

「この話題は終いだ。他に用がなければ俺は邪魔する」




「なんでアイツに直にきくんだよ・・・・・・・・。」
「いてもたってもいられなくて・・・」




25署近くにある大きめの公園。
師走にしてはまれな規模だと気象予報士が嚇していた寒波がカントウを包む底冷えの中、
そこの片隅に設けられている小さな池のほとりで二人は肩を縮め、顰め面をつき合わせていた。





「つーかどっか店入ろうぜ、足先が凍傷になっちまう・・・っつあー、もうー!」




飼いきれず手を焼いた近所の人間が放したのか、
てのひらほどの大きさの三つ尾の金魚の群れが池を悠然と泳いでいた。

凍てつく寒さのせいで幾分動きは鈍いものの、
変温動物らしからぬ泳ぎでスミオのばらまいたパンくずを猛然と飲み込んでゆく。




「どこの喫茶店入っても、今時はクリスマスの飾りつけがウザくて入る気になれません。」
「だからってこんな寂しい・・・」











そこへ影を伸ばす、黒づくめの黒髪の男。
冬特有の、低高度からの陽射しの逆光のせいで、その姿は一層黒く、細長く映る。




「・・・アキラ。」
「ウエハラ・・・」
ベンチに腰掛けていた二人の声が、同時に違う名を呼ぶ。








「・・・。」



「お前・・・・。」

「・・・ここは、やっと見つけた静かな場所だ。言い合いをするには向かない・・・」


見れば、何かの袋を手にしていたが、
二人の視線を感じたのかすぐにコートのポケットへとそれを押し込める。
そして、悠然と手袋を嵌めた。





「・・・散歩中・・・か。元気そうでよかっ」
「時は流れる・・・下水を這いずり回る鼠にも、高い塀の内でくすぶっている蛆にも、等しく」





嬉しそうに目尻を下げるスミオに対して、アキラは池を悠々と泳ぐ金魚に目線を落とし、至極事務的に投げ返した。





「アキラ・・・いや、今はウエハラ、か・・・」

「・・・・名に執着は無い・・・」








表情ひとつ変えず、淡々と言葉を紡ぐアキラ。
たった数秒の沈黙が、クロヤナギには痛かった。


「・・・・・・・そのコート、まだ着てたんだな」

「・・・」

「テツさんが珍しく笑顔で褒めてたから覚えてるよ、あの頃お前は寝癖みたいな頭で」

「・・・」

「・・・そうだ、テツさん今アメリカに居るって。今度お前にも住所教えてやるから手紙のひとつでも」
「黙れ」





毅然と言い放つアキラに、クロヤナギは戸惑った。





「・・・・。」



「その口で何を言い出すかと思えば。・・・恩赦に乗じてのこのこ出てきたような重罪人が!」
「ウエハラ!」
「いや、いいんだ・・・」



・・・あいつが声を荒げるなんて。
指先が氷のように冷たくなっていることも忘れ、クロヤナギはこの二人を今引き合わせたことを強く悔いていた。



「・・・もう会う事はない。今も、これからも。」

「・・・その方がいいらしい。」



「シンコ、ハトバが探していた。直ぐに課に連絡をいれろ」

「なあ、短い間とはいえ同僚だった男だ、そろそろ」


「・・・・俺はいつも異分子だった」

「・・・」








「あの一年が、・・・・・居心地のいい場所だったわけじゃない・・・・・」








「・・・」






「・・・・・・・・・自分に都合のいいように・・・勘違いをするな・・・・」







冷たい目線を残すと、黒いコートの裾を揺らめかせて二人の脇を通り、朽ちた葉と枝を踏みしめつつ池を離れていった。


「・・・・さすがに、このクソ寒い中アイツの冷たい目みると堪えるな〜」

「すみません・・・」

「そういえば・・・」

「・・・?」





「あいつ・・・自分に言い聞かせるように、言ってたな・・・。」




「・・・・・」

「あとさ」

「?」


「最後のほう、声が震えてた。」








「・・・・・・・え・・・」



クロヤナギは言葉を失った。







『・・・・・・あなたに・・・・・わかるのか』








クロヤナギが見つめたその顔には、絶え間なく辛酸を嘗めてきた男の、穏やかな笑みがあった。



「・・・あ、これさ、忘年会ででもあいつのパンツに挟んでおいて。」
そういうと、やおら内ポケットを探り出し、クロヤナギに小さく折りたたまれた紙を手渡した。
「パッ・・・・」


唐突な単語に眉を顰めたが、クロヤナギは逡巡すると、短い間のなかでひとつの答えに辿り着く。


「・・・ええ、挟んでおきます、よ。」








かじかむ手を擦り合わせつつ池に目をやれば、
いつまでも池の縁に居る人間に餌をねだり疲れた金魚たちがねぐらへ戻る所であった。





「金魚って・・・野生では生きていけないんですよね」


「愛玩用に品種改良されたモンらしいからな・・・品種改良っても聞こえはいいが
結局は奇形の固定化だ。
長年薄暗い甕の中で飼われて目が上を向いたものもあれば、生殖能力のない1代限りのものもある。
・・・人間は、つくづく物事を捻じ曲げるのを好むらしい・・・」


「エサ・・・やってれば残りますかね、ここにいるのも・・・」


「それはここを縄張りにしているカラスに聞かないとわからないな」





奴は・・・ウエハラは、何を思ってここに寄り付くのだろう。






・・・・・・・・

なんとなくわかるような気は、する。

確たるものはない。だけど。なぜだかわかる気がする。






にわかに掻き曇った空を仰ぎ、クロヤナギは白い息を吐いた。