「アナログ時計ってさ、たまに見ると秒針止まって見えない?」

「・・・暇なことを。」

「笑えるんだよね、周りだけ時間止まってて、自分だけほんのすこし時間進んでる気がして。
なんか今、アタシだけ歳くっちゃう感じ
?損?みたいな。」

「くだらん・・・」





『しまっ・・・!』

切迫した声と、底づきせんばかりに急ブレーキを踏みこんだのに気付いたのは、

タイヤがアスファルトに焼けつく派手な音を遠くに聞いてからだった。


『・・・』


人ごとだと思っていた。


『俺か?』



・・・何があった。



運転席のドアを開け放ち、靴底を鳴らせ地面に降り立つと、直ちに辺りを見回す。

目線を下に向けると、冬をしのぐ為の脂肪を蓄えた、丸々としたトラ猫が傍らの草むらに横たわっていた。



ちっ、




勤務時間内に、規範に反して単独行動、しかも捜査車を無断使用、あげく、猫をひいた。



・・・・ついてない、



長々と消毒液臭い病院に押し込まれていたからと、気晴らしのつもりが。

どこの馬鹿猫だ。





・・・・・にぃ、



か細い声。



見れば、横たわるトラ猫にためらいなく近寄り、すんすんと顔の匂いをかぐ、小さな黒猫。







ほどなく、トラ猫は息を吹き返し、その丸い目をこちらに向けた。

驚いたことに、その猫は無傷だった。

そもそも俺は、一滴の血すら存在していないことを見落としていたらしい。

・・・ブレーキは、間に合っていた。






深く息をつき、いつの間にか額に吹き出ていた汗を指で拭い、眉根を押さえる。

自然と膝を折り、身をかがめて手を延ばそうとすると、さかんに威嚇していた黒猫の小さな牙が指に食い込む。

思わず顔をしかめ、腕をやみくもに振り、黒猫の小さな体を振り掃う。

何故お前に噛まれなきゃならないんだ。




『何故うちの子が命を落とさなければならなかったのか、裁判で明らかにしたいんです』

社会派をうたうテレビのニュース番組でよく垂れ流される、

人災事故によって子を奪われた保護者の涙ながらの会見模様をうるさくは思わないか。



俺は思う。




命を落とさなければならなかった、理由?



知るか。



顔を腫らして、見苦しいツラを画面一杯に晒しやがる。






たまたま、そこに居合わせたからだろう。それ以外に何がある。





理由?そんなものは被害意識から膨らんだ妄想だ



死期が少し早まっただけで、ならなかったも糞もあるものか。



若くして世を去った者をいつまでも惜しみ崇めて、いかに有能であったかを誉め称え。
年を重ね生きながらえる者については、賞味期限が切れた、いまもうテレビ出てないわよねと嘲り笑う。



どこかで見聞きしたそれっぽい言葉を吐けば伝えられると思い込む。そして共有できると思い込む。そんな動物だ。



そこまで世の理不尽を嘆くなら、声高に世の不条理の是正を叫ぶなら、不条理とはどんなものなのか知ればいい。

仲良し揃ってサバンナの乾いた地面に大の字になったらどうだ。

理不尽を憂う暇もなく、肉を食らう獣に嬲り殺されるという理不尽を味わえるのだから。






あんた、自分だけ違う次元に居るとか思ってない?




とある強殺事件の証拠品の鑑定を待つ間、口の減らないバイク便の女は、

橙色のオープンヘルメットと揃いのゴーグルを手に取り
、そう言った。




「なんなんだろね、そのつまんない目はさ。入院したっつうから少しは気にかけてやったのに?
思春期に入って、突如として選民思想を持ち始めるガキじゃないんだからさ。病み上がりに言うのも何だけど。
・・・内勤、面白くもないだろうけど、頑張ってね。」



外に停めてある排気量の大きいバイクに不釣合いなセーラー服の上に羽織るべく、

傍らに置いていた焦げ茶色のムートンコートを
取り上げた。



そのコートの上に置いてあったのか、小さな半透明のレジ袋がころころと転がる。


・・・。

ゴトゴト。

・・・。

「・・・」


この場を去ろうとしていた少女の足元に重い音を立てて転げ落ちた、短い円柱の物体×2。


「とびきり・・まぐろ。・・・・えびささみ。」


セーラー姿のバイク便女子高生、タカハシに拾われ、愛らしい猫の写真が印刷されたカンヅメの商品名を音読される。
えびささみのところではもう声に笑いが含まれていた。



目を閉じ、軽い眩暈を覚えるウエハラ。




「・・・・その・・・に、2匹がケンカをしないように・・・・・」




「・・・ケンカさせないようにするんだったらフツー、同じものにするよ?
っていうか、その仏頂面で猫飼ってるんだ?2匹。」


「いや、あの、、、、、、そうではなく、、、、」


「やだー、フタマタかけてるよこの人! ていうかツンデレ?!」

「声が大きい!それと貴様はいいかげん人の話を最後まで聞くことを学べ!」

廊下を行き来していた職員が一斉にウエハラたちを見る。

「顔真っ赤だっつの。あとねぇ、人のコートの上に荷物置かないでよね。何考えてんだか。。。。」

「・・・・う、うるさい・・・・・」



うつむきながら、わさわさと音を立てて、なぜか半透明の小さなコンビニレジ袋のしわを伸ばしたり、几帳面に畳んだりしていた。



「・・・復帰初日でこんな目に逢うとは・・・厄日だ・・・」



「辛気臭い顔して厄日とかさ、やめてよねー。オッサンくさ。
・・・ところでさ、フタマタとかツンデレとか、意味分かってる?」

「・・・いや。どういう意味なんだ?」

「・・・・。」



「はーーあ! 今日はまだまだガンガン稼ぐぜー!」

レディのお帰りなんだから、玄関ぐらいまで送れよ、といわれたので、しぶしぶつきあうウエハラ。

初冬の風に晒されてすっかり冷え切った愛車にたどりつき威勢良く声をあげるタカハシから、

ふいに白いフルフェイスメットを投げ渡
される。



「・・・?」



「ケツモチ、やったことある?」



「ケツモ・・・。二人乗りの後ろ、ってことか。いや、ないが」


「ないのかよ。 じゃあ気合で乗り切れ。デート遅れるだろ?にゃんことの」

「デ・・・・っ」




またも顔を赤くして絶句し、マネキンのように立ち尽くすウエハラからメットを取り上げ、
ジャンプして真上からメットを装着させる。


「痛い! 前が見えない!」
「ああごめん、後ろ前だった。自分で直して。」


もがいてもがいてメットをめくらめっぽうにペタペタとさわり、やっとメットを不器用に持ち上げ半転させ、再びメットの中に収まった。

その顔のところには、ペンキのハケのように隙間を埋め尽くした長い黒髪がごっそりと覆っている。



「刑事のくせして髪伸ばしすぎなんだよ、ていうかさっきから文句多いっつの!あと今度切って来い髪」


「・・・床屋は嫌いだ・・・・・」



あきらかに口を尖らせているような声で、もそもそと髪をメットに押し込む。



「・・・んで、あたしが乗ってからアンタのって、そう。そしたら腰んとこに腕回して、背中に身体預けて。」

「・・・細すぎて腕が回しづらいんだが・・・」

「へんなとこ触んなよ?そん時は蹴り落とすからね」



「・・・お前の言っている意味がさっぱり分からん・・・・」



ドルン。
排気量の大きさを主張する起動音。
改めて、エンジンに直接跨る乗り物だということを思い知らされる。




「あ、あのさあ!」


「何だ!」


「あたしもこれから一仕事してそのあとデートだから!アンタの事はアンタの目的地で置いてくよ!」



「・・・ちょっとまて、あそこは主要道路からも離れてて電車もバスもないしタクシーすら通らない僻」




僻地の「ち」を発音したところで、バイクはウイリー一発、爆音と共に署の裏手にあるコンクリ張りの敷地から姿を消した。


身を切るような寒風の中、夢中でタカハシにしがみついていたアキラは、「提出された始末書の字が汚すぎて読めない」と、
ハトバか
ら呆れられた事を思い出した。


ボールペン字でも始めるか。


・・・いや、大型バイクか。
まずは中型免許でもとろう。






夕闇迫る、人気の無いあぜ道。

ニヤニヤ笑うタカハシの目の前で、コートが汚れることも厭わずしゃがみこみ、背中を丸めて小さなネコ缶ふたつと格闘するウエハラ。

あの猫たちが再び現れるかどうかは知れない、あの場所で。



「ある意味、屈辱だ・・・」


「なにが?」



「う、うるさい・・・お前は宣言どおりさっさと帰ればいい!」



なぜかうっすらと目の端を潤ませたウエハラは、振り返ってそう怒鳴った。



「なにムキになってんのよ、ちゃんとアンタくらい拾って帰るわよ。女子高生なめるなよ?」


「・・・」




『捨て猫なんだか、野良猫なんだか・・・得体が知れないわねアンタは・・・・』


その後、「凶悪犯罪課の新人ウエハラは、女子高生ともうひとりでフタマタをかけている」という噂が署内でにわかに沸き立った、ら
しい。




→・・・チ、チンチラのくせに猫に餌付けしやがって!(←バカ
タカハシが出せてニンマリです。コレクトネスのキャラは当たり前のようにキレてていいよね!

猫の素材探してて楽しかった・・・