生娘みてぇな口唇しやがって。
「お前、なんなんだ」
「・・・・」
発達した梅雨前線が南海上からせり上がり、カントウは朝から絶え間なく大粒の雨に見舞われていた。
ここは俺の部屋の上。マンションの屋上のだだっ広いコンクリ床を叩きつけるのは、夏のはしりの生ぬるい雨。
「なぁ、反論しろよ。『何なんだじゃない、お前が俺を無理矢理ここに引っ張ってきたんだろうが』って。
・・・・・・・・・なんで言わねぇんだよ」
目線を合わせることもなく、「無」のツラのまま、奴はただ、天からの恵みを全身に受け、立ち尽くす。
「・・・」
起きたときから塞ぎこんでいた。
天気のせいもあったかもしれない。
ただ、今日はとにかく、俺の部屋は五階だというのに、黒いなにかがずるりと窓から遠慮なく蟲のように這い込んできやがる。
隙間無く閉めていたって、カギをかけていたっておかまいなしだ。
起き抜けに求めたタバコがいつになく不味くて。
そのうち、天井からも黒いのが染み出してきて。天井に張り付いたまま、淀んだ閃さを倍倍ゲームで増殖させて。
ああ、これはいよいよ毎月払い続けてきた修繕積み立て費が役に立ち始めるんだなあ。
マンションの屋上に走っているであろうヒビを思うと、かなり笑えることに、
天井の黒いのはどんどんと形を変え、
まるで雨漏りのように擬態する。
雫を成し、俺のデスクの上にぽたぽたと堕ち、染みをつくる現象までご丁寧に見せてくれた。
ケラケラと笑い、俺は乾いた拍手を送っていた。
そこに奴は来た。
最初は、その黒いのの親玉が、
「このような鬱陶しい日はわたくしと午後のティータイムをご一緒しましょう」って、誘いに来たのかと思った。
ドアを開けたら、かろうじて人間でな。
かろうじて、な。
残念なこった。
ドア開けた途端にあまりに辛気臭くて、
人間のそいつの鳩尾にでも蹴りくれて追い返そうとしたんだけどな。
でも、「かろうじて」の人間だったからやめといた。
無意識に握り締めた拳は、気がつくと奴の口唇に赤い滲みをもたらしていた。
自分の拳にも当然、鈍い痛みを覚えたが、それに気付くのは相当後になってからのことだ。
寝癖のような短い黒髪は降りしきる雨に打たれていたせいで、頭の形が判るほどにすっかり張り付いている。
「・・・・あなたの・・・気は、済んだか・・・・・?」
ごくごく、事務的な声。
俺のせいで、左の口元をひどく腫れあがらせているくせに。
俺の理不尽な、振る舞いのせいで。
あいつに何も落ち度はないのに。
「・・・」
ガラス球のような目は、なんの感情も吐き出していない。
人間の白目は何のためにあると思ってんだ?
「・・・署に・・・帰らないと・・・・」
「帰らないと何だ・・・何なんだよ!こっち見て言えよ!」
「・・・帰ります・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・すみません・・・」
「何に謝ってんだよ・・・・!!!!」
・・・イラつく。
その、カンペキなまでの、事なかれ主義。
その目その顔その髪その唇そのシャツそのネクタイそのズボンその靴その警察手帳!
奴に対しての苛つきは、俺自身への苛つきへと変換される。
変換すらされていないのかもしれない。
すべからく、 反射、なのだ。
全くの向こうに当り散らしているはずなのに、キレイに反射して俺に返ってくる。
「・・・捜査へのご協力・・・・ありがとうございました・・・」
まるで、奴がこれから靴を脱いで揃えて置いて、屋上の縁から身を躍らせるような幻影を見た。
ずぶ濡れの身体を引きずり、部屋にたどり着いた俺を、黒い天井は歓喜したように蠢いて、迎える。
→とうとう7年前の天気すら捏造しだしました。
んなもん忘れてるよ。
ところであの24区におけるプラシーボ2話の、アキラの絵と「ズギャーン」な効果音はひどいと思います(笑)
いや、笑いましたけども(酷