パルルルルル。

耳障りな電子音が、コートのポケットから無遠慮に響いた。

ふうっとため息をつき、すっかり色づいた街の木々に目をやりながら、ポケットの中の異物を今更ながら忌々しく思う。

携帯したくもないものなのに、携帯電話とは。

ごそごそと気力なく取り出し、けたたましく鳴り響くそのケータイの画面に目をやると、ただ無秩序な番号の羅列が表示されているのみ。

間違い電話か、それとも詐欺の類か。

不思議と、右手の親指は通話ボタンを押していた。

仕方なく、そのまま耳に押し当てる。

「・・・もしもし」

『・・・もしもし?』

音が割れていて判断しづらいが、どうやら女の声らしい。

「・・・」

『アキラ? ・・・失礼、アキラさんの携帯電話でしょうか?』

「・・・はい」

電話に出たときくらい敬語で話せ、と昔の上司に口煩く説教された覚えがあるので、事務的に敬語で返す。

『・・・お久しぶりですアキラ。 覚えているかしら、私はナツメサクラ』

「ナツメサクラ・・・」

『だめもとで電話入れてみてよかった。まだこの番号だったんですね』

「ナツメ・・・」


「てっきり、貴方のことだから携帯電話なんて持ち歩かないと思ってた」

指定された川の土手の堤防。土で盛られ草が茂るその傾斜のついたところに所在無く座っていると、

懐かしい声が聞こえた。


温かな湯気を立ち上らせる紙コップを差し出され、素直に受け取るアキラ。

ココアの表面に浮かび上がる、乳白色とモカ色でやさしく彩られた繊細で優雅なバラの模様。

「ここのココア、おいしいんですよ。近くに来たときはよく立ち寄るの」

とりたてて高くはないものだが、女性にお茶をごちそうされることについて特に何も考えなかった。

女性におごってもらうのが男として恥ずかしいとか、そういう世間的な概念がアキラにはまるでない。

そういうことはサクラも気付いていた。だから、女友達に渡すときのような感覚で、この男にも手渡せる。

日当たりの良い傾斜にふたり並んで腰を下ろし、広場を走り回って遊ぶ子供の歓声を遠くに聞きながらぼうっとしていた。


「そういえば携帯って、番号持ち運び制度とかできましたよね、 アキラは気になるキャリアとかあります?
あ、キャリアっていうのは携帯電話の会社、っていうことなんですけどね。」

「・・・料金、払われてるのか・・・」


「え? ああ、こ、ココアのことはいいわよ、高くないし」

「携帯・・・」

かみあわないやり取りをしていたことに気付き、サクラはいままでの会話を反芻してみた。

「・・・ああ、口座引きおとしや、カード払いなら残高があるかぎり携帯電話は通じますよ」

「申し込んだ覚えもないのに、気付いたら持っていた場合はどうなるんだ・・・」

誰に言うでもなく、ぼそりと呟いた。

「・・・」

店の売りである、泡で模様のつくられたココアの表面は、無意識に何度も口に運んでいたせいもあって、原型をとどめてはいなかった。


「アキラ、」

「なに」

「泡、口の上についてますよ」

屈託なく、サクラは顔をほころばせた。

・・・人の笑顔を見るのはどれくらいぶりだろう。

「・・・」

「ああ!ちょっと!」

無意識のうちに、コートの袖口で泡を拭ってしまい、サクラにおこられた。

「そんないいコート着てるときに何やってるの!」

「・・・すまない」

「なにに謝ってるんですか!うーんと、ちょっとハンカチぬらしてくるから!ここで待っててね!」

黒いトートバッグから水色のハンカチを取り出すと、急ぎ、サクラは水飲み場を求めてヒールを草むらに埋もれさせながら、駆け出していった。

アキラにバッグを押し付けて。

「バッグ・・・」

短い間とは言え、そしていくらアキラとはいえ、女性もののバッグを持たされているのは、少々居心地がわるかった。

泡を拭ってしまったコートの袖口につかないように、不器用ながらも持ち方をあれこれ変えてみる。

なんとか持ち方を固めてみたところで、周りの景色に目をやる余裕がやっと生まれた。

一面を覆い茂る草がここまで色づいているということは、もう冬は間近なのだ。

木枯らしによってさざなみのように模様をつくりだしてゆく草たちを眺めながら、アキラはまだ温かいココアに口をつけた。



「いいコート。」

さきほどのサクラの言葉を繰返してみる。

何年か前、刑事になって初めて迎えた冬に、誰に見立ててもらうでもなく、歳末バーゲン中のデパートで買い求めたものだった。

漆黒で、適度に厚みがあり、なんとかとかいう上質の動物の毛で織られた、少しミリタリーを意識したような意匠の。

通好みの人間に支持されているデザイナーズブランドのものだった。

特に何も考えず、試着してみて肩のこらない作りだったので買ったものだったが、その店で接客してくれた店長にほめてもらってかなり安くしてもらったのも覚えてるし、

方々からよくほめられたのも覚えている。


「似合ってるのに・・・まったくもう」

気付けば、自分の右横に座り、ハンカチでぽんぽんと袖口を叩くサクラの姿があった。

「子供みたい!」

急に声を荒げられたので、アキラはすこし驚いた。

ふと、自然に苦笑したような表情になる。

「・・・やっと笑ってくれましたね」




晩秋の陽射しに彩られた彼女は、美しかった。





冬はもうそこまで来ている。



→アキラとサクラはフツーにお似合いだと思ってますんでね!ハイどーも!
サクラ、好きなんです。
けっきょくサクラの用件はなんじゃいとか聞くのはヤボだぜ!(ほのぼのが書きたかっただけだぜ!