寝付けないというより、身体も脳もまだ睡眠を欲しているのに、
何かほかの引力が作用して、鞭打たれて無理矢理に起こされているような感じだった。
結局ウエハラは同日に退院することは見送られ、明朝の調子をみて、更に検討されることとなったようだ。
自分に着せられていた薄っぺらい入院着にややうんざりしつつも、誰かが置いていってくれたらしき紺色のガウンとサンダル履きで
ナースセンターにとぼとぼと歩みを進め、おぼつかない説明ながらも看護士に足湯と湯たんぽをこしらえてもらうことを勝ち取り、
今は自分にあてがわれた白い一人用の病室で、足湯に素足を浸し、湯たんぽを腹のあたりに置き、窓越しにぼんやりと夜の空を眺めていた。
今日は満月か。
時折、足の甲で湯を揺らめかせながら、へそをじんわりと温めている湯たんぽの溝の意味について考えてみたりした。
・ ・・つまり、ヒマだった。
当たり前だが、病室を見渡したところで、娯楽というものがない。
1000分1000円のプリペイドカードをお買い求めください。などと表された小さい古めかしいテレビの画像を見るためにカードを販売機まで買いに行く意欲がない。
自分にとって、今まで生きてきて、どうしてもとまではいかなくとも暇つぶしで見たいテレビ番組なんてあっただろうか。
・ ・・何より、カードの自販機が設置されている場所を知らない。
再びナースセンターに赴き、話し相手でも探そうかとも思ったが、相手は仕事でここにいる。邪魔はできない。
こんな辛気臭い顔の患者に茶飲み話相手として言い寄られては胸糞も悪かろう。
では、仕事先で倒れててここに搬送された自分は、患者か。お客か。
・ ・・・。
・ ・・ヒマだと、話し相手を求めるのか。この自分が。
ずいぶん世慣れてきたな。笑うしかない。
・・・歩いたり休んだりを繰返せば、やがて疲れて眠くなるだろう。
そう考え、足元の湯桶からのろのろと脚を上げ、ふんわりした肌あたりのいい白いタオルで水滴を拭う。
ガウンを羽織り、念のため湯たんぽを抱え、夜の警察病院の廊下をぺたぺたと歩き始める。
全館に暖房を効かせているらしく、ふらふらとしていても寒さに震える心配はなさそうだった。
リノリウムの床に、若干サイズの大きいサンダルというのは意外に歩きづらい。
つまづかないように歩幅を狭めつつ歩みを進めると、テレビカード用ではない、清涼飲料水の自販機が煌々と営業中ということを主張していた。
「・・・」
今まで薄暗い環境に身を置いていたゆえに、その人工的な光は目の奥が潰されるように辛い。
喉の渇きを覚えていたウエハラは、いつのまにかガウンのポケットに入っていた小銭入れに手を伸ばし、いくつかの硬貨を放り込み、
耳障りな音と共に落ちてきた緑茶のペットボトルを手に入れた。
「そういえば。。。なんで・・・金が・・」
自販機の煩い光に照らしてみると、その小銭入れは子供や女性に人気のある猫のキャラクターの顔そのものだった。
「・・・・どういう・・・」
いつのまにか小銭があったという事実より、ファンシーが過ぎるそちらに疑念を傾ける。
どこのだれがこれを俺につかませたのか。
胡麻粒のような焦点のあわないふたつの目と、のんきに耳に飾った赤いリボン。水でふやかした大豆かと言いたくなる、鼻。
のっぺりとした白い顔。
「・・・」
前までの自分は、ここまでひとつの物に対して何か考えていただろうか。
そうだ・・・考えることを拒否していた。
自分を守るために。
無意識のうちに。
そうしなければ、今、この世に自分は居なかった。
そうだろう?
数々の骸が俺の足元に今でも這い蹲っているのがわかるんだ。
数々どころじゃない、たくさんの。人間の。
だが、それは俺の意思じゃない。
俺以外の意思に操られ、俺は骸を踏みしめ、惨めに無様にここに立っている。
そうじゃないか。
ガラン。
重い金属音を立てて足元に転がるぬくもりの存在も忘れて、彼は歩き出した。
「・・・っ!!」
痛い。
あたまがいたい
からだがさむい
まわりがしろい
まわりがくらい
目の前に現れた幻影。
「も、もう、やめてよ・・・・」
「よくできましたのしーるなんか、いらないから・・・」
「なんで○○くんがいないの?ねぇ?」
「どうして、どうしてぼくだけなの?!」
「エン・・・ザ・・ワ・・・・さ・・・」
ふっと糸が切れた人形のように、彼はリノリウムの床に崩れた。
悲鳴のような、咆哮の様な異音を聴きつけ、夜勤の医師と看護士が駆けつけるその直前まで、
彼は床に爪を立て、目を見開いていたという。
→のんびり展開させるはずだったんですが。電波か・・・。
スマンですよ、アキラァ・・・。