複雑骨折。




そう、そんな単語が似つかわしい。




完成させるのに何年もかかるという、おそろしく手のかかるヴェネチアンレースでも編まされているんじゃないだろうか。



サカキの傷から抜け出せない、この俺は。どうにも。





「・・・シンコはどうした。」




25署地下にある駐車場で、不機嫌なのか、ただの地声なのかすらも判断しかねる低い声で、ウエハラはシロヤブに問うた。



「クロさんはエステ・・・ってアンタ、もうクロさんの下の名前呼び捨てなの?」



肩までで不揃いにふっつり切られた、白髪のような髪を車の鍵でぼりぼりと掻くシロヤブ。



「彼女の名字は字数が多すぎる。」

「はいはい。」





ボンネット越しに言葉の投げあいをしていた微妙なコンビは、捜査用の地味なセダンに乗り込む。






「シンコの居ない車内は気が休まるか。」



目線は表のコンクリート作りの殺風景な壁や配管に据えたまま、ふいに思い出したようにウエハラはつぶやく。



「まあねぇ・・・。今まで世間話すら振ったこともないけど」



運転席の座席の位置を雑に自分用に合わせていたシロヤブは、レバーを操作する手元を見たままを見たままそっけなく答える。








「ていうか新入りが運転するんじゃないの?こういう時って・・・・」


「お前のほうが年下だろう」





シロヤブには釈然としないものがあった。


それは、この助手席に座って抑揚なく喋る男と、自分の年齢の差というもの。





「どう見たって俺と同じくらいか、若く見えるくせに・・・なんだよ30過ぎって。芸能アイドルのサバ読みよりタチ悪いぃよ」


「個人の努力ではどうにもならないことにいちいち突っかかるのは無駄だ。好きでこんな風貌をしているわけじゃない。俺だって年相応の貫禄くらい欲しいと思っている。」


「ったく面倒くせぇ。」




細面ながら卵形に近い輪郭ゆえか、とても年相応には思えない顔立ちである。


刑事にはおおよそ不必要な肌のキメ。


切れ長の目と、いやみのない通った鼻筋。すべてを拒絶しているかのような、真一文字に結ばれた薄い唇。


日本人には似合わないことの多い、クレリックのシャツが映えていた。







「・・・アンタさあ、24区に居たって?」







運転役の紡いだ言葉に、助手席の男の目が一瞬、ぎろりと右を見遣った。



「何を言いたい」



「別に・・・俺が感じ取ったのはそれだけだ。」






そうそっけなく言うとふうっと息をつき、車の扉の段差に肘をやり、頬杖をつく。






「同僚だからというだけでいちいち他人の過去をひっくり返して嗤うのか。 絶滅したほうがいい人種だな。」






「・・・24区には興味がある。25区の住人としてでもなく、個人として。」



「・・・」














「あそこには、かつて公安特殊という、かなり特化された工作戦闘部隊があってさ。でもあるとき、一夜にして壊滅したんだ。
ただ一人の隊員を残して」



「隊長は今でもご存命のはずだ」



「アキラ」



「・・・」



「・・・唯一の生き残りの名前だ、アキラ。」



「・・・」






ジャカ。

瞬間、鈍い光を湛える銃身が、互いの米噛みを捉えた。


支給品ではない、リボルバー。








「なぁ・・・これからそう呼んでもいいかな。他に人間いるときは言わないからさ。」



交差する腕の向こうに、ぞっとする笑顔のシロヤブが居た。






「口の達者な人間は交通課にでも行け」






瞬きひとつせず、半眼の冷淡な目でその笑顔を見据えるウエハラ。




「ウエハラって言われるの、イヤだろ?」




「名前にこだわる時点でくだらない」




「クロさんの呼び方変えたのアンタじゃん。俺にも短くさせてよ。4文字から3文字。ねぇ?」







雪のような髪色の男は、チキリと音を立てて撃鉄を起こすと、すうっとためらいなくその長い人差し指を引き金にかけた。










「貴様の物言いはいちいち癇に障る」




「だったら撃てば?そのデカイ口径のチャカで。グッシャグシャにさ」




「遠慮のない馬の骨の脳漿が飛び散った貧乏臭い車でお気楽にドライブできると思うか。ハンドルすらぬめっておぼつかない」









「俺がこの車でそんな愉快なドライブするっていう可能性も解ってほしいな。」









冷たい鉄の感覚がウエハラの米噛みから額へと移り、額の黒髪をその銃口で掻き分けると、
空いた手でウエハラの銃を掴んでそのままゆっくりと膝の上まで下げさせる。



その銀色に光る銃身の弾倉を手探りで外すも、手に零れ落ちるはずの銃弾の感触は全くない。









「・・・しみったれて弾を込めないってのはどうよ?警察の人間として」






「・・・生憎、近場のスーパーで特売していなかったのでな・・・薄給は身に堪える」






「そりゃあ助かった」



額に押し付けていた拳銃を振ると、装填されていた弾が弾倉から音を立ててウエハラの肩や太腿に転げ落ちた。



「ウチの近くのコンビニだと、20%引きシール貼ってあったっけな?」




 
→もちろん、特売うんぬんはこの二人のジョークなんですが…うまいこと表現できねッスね…
ちなみに、ウエハラの銃はトーラス・レイジングブル。 ジャブロのはスタームルガー・ブラックホークです。